2013年02月20日 08:57
体罰に勝て.1
今度、豊田市内の中学校で職業紹介という講演をすることになりました。
こういう職業があるんだよ、ということを社会人として生徒に伝えるという主旨のもので、
当社のお客様も数名一緒に講演することになっています。
その中で、自分の中学時代のこともお話してください・・・というご依頼があり、
語れるような中学時代ではなかった
自分の中学時代のことを思い出しました。
静かに思い出す時間をもったことで、
当時の苦しい気持ちがこみ上げました。
もちろん、ふと我に帰れば、
そんなこともあったなあ、私って昔から波乱万丈!
と自嘲モードに入るのですが・・・
思い出して、思い出して、
思い出し始めると、いろんなことが頭の中で、カラーで鮮明によみがえり、
あのときの、恐怖と怒りと悔しさで喉がつまる感覚もまた、蘇るのでした。
思い出して止まらなくなったのは、先生からの体罰と、
それとの戦いのことです。
私の中学時代は、それなくして語ることはできないのです。
だから、職業体験で語るネタではなく、その分、仕事の話をたくさん楽しくしてこよう!
と思っております。
私の中学時代は、ある教科担当の先生に目をつけられたクラスの中の5~6人が
日常的に殴られている、というもので、
何かと理由をつけられては殴られていました。
私などは、
「井上美鹿の妹だから」という理由で殴られていました。
そのように最初に宣言されて殴られていました。
姉も私も反骨精神丸出しの少女で、かわいげがなかったことが
目をつけられた理由ではないかと思います(笑)。
ただ、姉は、身体も大きく一見強そうだったからなのかわかりませんが
特に体罰の対象にはなっていませんでした。
私は当時姉より20cmくらい身長が低い小柄な少女で、
その上で精神的にはなかなか強く、
なんとなくこいつなら殴っても大丈夫だろ、みたいなものだったのではないかと思いますが
それも想像であって、なぜ殴られていたのかはよくわかりません。
同じクラスではなかったのですが、ひどく殴られて、
頭蓋骨にヒビが入った生徒もいました。
あと少しでも力が強かったら死んでしまうケガではないでしょうか。
その人は、力関係でいえば圧倒的に弱い、女の子でした。
先生は、ガタイのいい40代の男性でした。
親は学校に訴えかけたそうですが、
その後もなんら変わらずに、殴られる生徒がいて、私もその一人でした。
私は体が小さかったので、
殴られてよろける、倒れる、ということもよくありました。
どんなに殴り返したいと思ったことか。
しかし、勝ち目はないので、抵抗しませんでした。
「卒業式の日に、絶対にあいつの顔にケチャップかけてやる!」と心に誓っていました。
中二の頃だったので、まだ一年以上ある卒業の日が待ちどおしくてたまりませんでした。
どんなふうに駆け寄って、どのようにケチャップを構えて、
どんな角度で発射するか、まで検証していました。
ケチャップを顔に発射するシーンを想像して、日々耐えていました。
そんな中学時代だったのです。
暗いですね(笑)。
(大人になった今では、ケチャップを製造、販売している人に
申し訳ない話だと思います。)
当時は、先生に殴られる、ということは当たり前の時代というか
当たり前の学校でしたので、
みんな、「やだなー」「いたいなー」くらいの感覚だったと思います。
あるとき、私は、何回も顔や頭を殴られて、倒れたところをさらに、
蹴られるという体罰を受けました。
殴られることは日常だったのですが、
蹴りが入ったことをきっかけに、「これはもう、ヤバイ」と、身の危険を感じたのと、
それでもやはり気は強かったので、
怖いよりも、腹が立って仕方ありませんでした。
怒りをこらえきれずに、
初めて親に相談しました。
うちは、親が、、、
特に父親が変わり者ですので、
相談したことで、そこからが、ドラマのような展開になっていきました。
続きはまた、書きますが、こんなことをブログに書いて、なんなのかというと・・・
昨今体罰のことがよく報道されています・・
ほんとうに、悲しいことです。
日常的に体罰を受けて精神的に追い詰められている若者がもし、
この話を読んだら、ちょっと勇気付けられるんでは?と思ったのです。
あとは、生きてさえいればいつか大人になり
「あれを乗り越えたから今自分はこんなに強いわ!」と笑える自分に
きっとなれる、実際そういう大人がいる、ということを、
伝えられたらと思います。
ただ、体罰の種類やケースによっては、
私の話はまったく参考にはならないかもしれません。
気持ちのどこかに響いて、乗り越える
小さなきっかけになればと思います。
-----
つづき
→体罰に勝て.2
こういう職業があるんだよ、ということを社会人として生徒に伝えるという主旨のもので、
当社のお客様も数名一緒に講演することになっています。
その中で、自分の中学時代のこともお話してください・・・というご依頼があり、
語れるような中学時代ではなかった
自分の中学時代のことを思い出しました。
静かに思い出す時間をもったことで、
当時の苦しい気持ちがこみ上げました。
もちろん、ふと我に帰れば、
そんなこともあったなあ、私って昔から波乱万丈!
と自嘲モードに入るのですが・・・
思い出して、思い出して、
思い出し始めると、いろんなことが頭の中で、カラーで鮮明によみがえり、
あのときの、恐怖と怒りと悔しさで喉がつまる感覚もまた、蘇るのでした。
思い出して止まらなくなったのは、先生からの体罰と、
それとの戦いのことです。
私の中学時代は、それなくして語ることはできないのです。
だから、職業体験で語るネタではなく、その分、仕事の話をたくさん楽しくしてこよう!
と思っております。
私の中学時代は、ある教科担当の先生に目をつけられたクラスの中の5~6人が
日常的に殴られている、というもので、
何かと理由をつけられては殴られていました。
私などは、
「井上美鹿の妹だから」という理由で殴られていました。
そのように最初に宣言されて殴られていました。
姉も私も反骨精神丸出しの少女で、かわいげがなかったことが
目をつけられた理由ではないかと思います(笑)。
ただ、姉は、身体も大きく一見強そうだったからなのかわかりませんが
特に体罰の対象にはなっていませんでした。
私は当時姉より20cmくらい身長が低い小柄な少女で、
その上で精神的にはなかなか強く、
なんとなくこいつなら殴っても大丈夫だろ、みたいなものだったのではないかと思いますが
それも想像であって、なぜ殴られていたのかはよくわかりません。
同じクラスではなかったのですが、ひどく殴られて、
頭蓋骨にヒビが入った生徒もいました。
あと少しでも力が強かったら死んでしまうケガではないでしょうか。
その人は、力関係でいえば圧倒的に弱い、女の子でした。
先生は、ガタイのいい40代の男性でした。
親は学校に訴えかけたそうですが、
その後もなんら変わらずに、殴られる生徒がいて、私もその一人でした。
私は体が小さかったので、
殴られてよろける、倒れる、ということもよくありました。
どんなに殴り返したいと思ったことか。
しかし、勝ち目はないので、抵抗しませんでした。
「卒業式の日に、絶対にあいつの顔にケチャップかけてやる!」と心に誓っていました。
中二の頃だったので、まだ一年以上ある卒業の日が待ちどおしくてたまりませんでした。
どんなふうに駆け寄って、どのようにケチャップを構えて、
どんな角度で発射するか、まで検証していました。
ケチャップを顔に発射するシーンを想像して、日々耐えていました。
そんな中学時代だったのです。
暗いですね(笑)。
(大人になった今では、ケチャップを製造、販売している人に
申し訳ない話だと思います。)
当時は、先生に殴られる、ということは当たり前の時代というか
当たり前の学校でしたので、
みんな、「やだなー」「いたいなー」くらいの感覚だったと思います。
あるとき、私は、何回も顔や頭を殴られて、倒れたところをさらに、
蹴られるという体罰を受けました。
殴られることは日常だったのですが、
蹴りが入ったことをきっかけに、「これはもう、ヤバイ」と、身の危険を感じたのと、
それでもやはり気は強かったので、
怖いよりも、腹が立って仕方ありませんでした。
怒りをこらえきれずに、
初めて親に相談しました。
うちは、親が、、、
特に父親が変わり者ですので、
相談したことで、そこからが、ドラマのような展開になっていきました。
続きはまた、書きますが、こんなことをブログに書いて、なんなのかというと・・・
昨今体罰のことがよく報道されています・・
ほんとうに、悲しいことです。
日常的に体罰を受けて精神的に追い詰められている若者がもし、
この話を読んだら、ちょっと勇気付けられるんでは?と思ったのです。
あとは、生きてさえいればいつか大人になり
「あれを乗り越えたから今自分はこんなに強いわ!」と笑える自分に
きっとなれる、実際そういう大人がいる、ということを、
伝えられたらと思います。
ただ、体罰の種類やケースによっては、
私の話はまったく参考にはならないかもしれません。
気持ちのどこかに響いて、乗り越える
小さなきっかけになればと思います。
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つづき
→体罰に勝て.2
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